紺色の空には、ナイフで欠いたキズのような三日月が出ている。
「またお前か」
クラインは、読んでいた本から顔を上げて言った。
一日の終わり、ベッドの上でゆったりと小説を読むのが唯一の楽しみだというのに、闖入者はそんなことはおかまいなしだ。
「クライン、今日も一緒に寝ていい?」
「ダメって言ったって、もぐりこんでくるんだろ」
冷たく言い放つクラインを意にも介さない様子で、その闖入者は身軽な動作でクラインの隣に体をすべりこませた。
「寒かったぁ」
そう言いながら、クラインに体をすりよせてくる。
「ひ弱な妖魔だな」
「ほんとに寒かったんだよ。ほら」
指先をクラインの頬に押しあてる。ひやっとした感触に、クラインは思わず顔をそむけた。
「馬鹿、やめろ」
「冷たかった?」
くすくす笑いながら、少女の形をした妖魔は、クラインの膝に頭をのせた。
****
クラインは、妖魔にとりつかれている―――正確には、わざととり“つかせて”いる。
クラインの職業は、妖魔払いだ。
その他に、古今東西の魔術・秘術・薬学に通じた知識を活かして、医者まがいのこともやっている。
さる聖職者、それも相当身分の高い聖職者に憑いた妖魔を払ってほしいと、内々に依頼が来たのは、数週間前のことだった。
帽子を深くかぶった黒づくめの男が玄関に立ったときも、クラインはベッドの上で本を読んでいた。
安息の時間を邪魔されて至極不機嫌な態度で応対したクラインに、黒づくめの男はいきなり巾着袋をよこした。
開けてみると、中には金貨が入っていた。
そのときクラインは、この依頼がただごとでないことを悟ったのだった。
男は、今すぐにクラインに出向いてほしいと言った。
クラインは、玄関先にかけてあった襤褸のマントを羽織ると、男と一緒に馬車に乗った。
馬車がついた先は、口が裂けても他言は許されない場所―――大司教が鎮座する聖庁だった。
クラインの助けを必要としていたのは、聖庁の主、大司教その人だったのだ。
もし、大司祭が妖魔―――それも人の精気を糧にする類の妖魔に魅入られたということが知れ渡ったら、国の中枢を揺るがす大事件になるだろう。
その上、年老いた大司祭はすっかり妖魔の魅力に溺れ、手放そうとはしなかったのだ。
最後の手段は、妖魔が自ら獲物を放棄することだった。
クラインは妖魔と取引したのだ。
その老い先短い獲物をとるか、まだ若い精気あふれる獲物―――すなわちクラインをとるか。
妖魔はクラインを選んだ。
幸いなことに、年若く、経験の少ない妖魔だった。
この類の妖魔―――国によっては淫魔とも呼ばれる―――は、人間が気をやるときに発する精気を食べる。
だから、ようは気をやらなければよいのだ。
食べ物にありつけない妖魔は自然に、精気が枯渇して、死んでしまう。
そして、とうぜんのことながら、たいていは、死ぬまえに宿主から離れていってしまう。
クラインとしても、依頼が果たせれば殺してしまう必要もなく、さっさと追い払うつもりだった。
まさか、この華奢な妖魔がこうもしぶといものだとは。
妖魔はアルトと名乗った。
あっさり大司教からクラインに乗り換えたわけをアルトがのちに語ったことには、
「あなたが好きになったから」
ということだった。
まっすぐな目でこう言われたときには、さすがのクラインも面喰った。
妖魔とはいえ、中性的な魅力をたたえた美少女にそんなことを言われて、悪い気はしないというのが本音だった。
だが、それで籠絡されるほどクラインも馬鹿ではない。
クラインは、いつの間にか家にまで居座ってしまった妖魔を極力無視し続けた。
どれほど愛らしく話しかけられようが、妖艶に求められようが、とにかく無視した。
クラインの理性も相当のものだったが、アルトの頑固さも相当のものだった。
クラインが、冷たい床に倒れて、ひゅーひゅー浅い呼吸を繰り返しているアルトを発見したのは、それから数日もしないうちだった。
「馬鹿かお前」
餓死寸前だった。放っておけば、死んでいただろう。
そうしておけばよかったのだ。
だが、その時のクラインは、なぜか死にゆくアルトを放っておけなかった。
たった一度きり、そう思って情けをかけたのが間違いのもとだったのだ。
その夜以来、アルトはクラインのそばをかたときも離れようとしない。
我ながら大失態だった、と自覚している。
ミイラ取りがミイラに…という状況が、まさか自分の身に起こりうるとは、クラインはもとより、クラインを良く知る人間なら絶対に想像だにしなかったに違いない。
「馬鹿は俺なのか?」
酒場で酒を飲みながらぼやくと、友人のスタンが言った。
「なんか、そういうのを表すのにぴったりの言葉があったよな……。あ、わかった!」
スタンは、自信ありげにクラインを指さした。
「押し掛け女房」
ちがうだろ……とクラインは思った。
****
「何度も言わせるなよ。もう出ていけ」
アルトの頭をふるい落とすように、クラインはわざと片膝を立てた。
コロンとベッドに転がされ、ふてくされたアルトの顔もまた大変かわいらしいのだが、あえてクラインはそれを無視して、本に没頭するふりをする。
アルトは体勢を立て直し、こんどは立てた膝と腹の間にまたがるように乗ってきた。
そして、いたずらっぽく笑うと、クラインの立てた片膝に腰を擦りつけるようにくねらせはじめた。
こうすれば、湿った柔らかい感触が男の劣情を誘うことを、この可憐な姿をした妖魔はよく知っているのだ。
だがそれをどうやって身につけたかを考えると、クラインは思いがけずムカついてくる。
「馬鹿、下品な真似するな」
「どっちがいい?クラインの好きな方になる」
とろけたような表情で聞いてくる。
妖魔は性別を自由に変えられる。
男女の別なく、餌食にできるようにだ。
生きるがために媚びをうる、そんな妖魔の性にクラインは嫌悪感をおぼえるが、考えてみればどんな動物も同じといえる。
人間だって、相手の気を引くために、化粧をしたり、髪の色を染めたり、着飾ったりするわけだ。
もっとも、元来、容姿が良いわりに自分の姿形にまったく興味のないクラインにとっては、理解できない行動だったが。
答えてやるかわりに、クラインはアルトを自分の体から降ろすと、乱暴にうつむけにして、腰を高くひっぱりあげた。
下ばきをずり下げると、まぶしいほど白く形の良い尻があらわになる。
クラインは自分の寝巻の裾をたくりあげ、濡れそぼったアルトの蜜をすくい取って自分のモノに塗りつけると、白い丘の間にある小さな蕾に雄々しく猛ったその先を押し付けた。
「こっちの穴なら、どっちも同じだろ」
言うなり、押し込んだ。
「いッ!……ああっ!」
痛いに決まっているのは、クラインも承知の上だ。
わざと酷くしているのだ。
もう二度と、ここに来ようとは思わないように。
怒りなのか、性欲なのか判然しない激情が、クラインの中をかけめぐる。
早く終わらせてしまいたいのか、早く一番上に昇りつめたいだけなのか。
性急な腰の動きに、アルトの体は槌で細かく打たれるように震えている。
”もう二度とくるな”―――。そう何度も何度も囁きながら、クラインはアルトを激しく犯す。
だが結局のところ、クラインが達することでこの美しい妖魔は精気を得ることになるのだ。
なんて酷い堂々巡りだ。
自分がどうしたいのか、クライン自身もよくわからないでいた。
****
クラインの生業は、妖魔払い―――いつもアルトのように性質が悪いだけで実害のない妖魔ばかりを相手にしているわけではなかった。
ときには自分の命を奪いかねないような、強力な妖魔に出会ってしまうこともある。
クラインが優れている―――少なくとも自分で優れていると思っている―――のは、敵の強さを戦うまでもなく推し量ることのできる洞察力だった。
もし自分に勝機なしとわかれば、決して無茶はしない。
力の強いものは、力の強いものが狩れば良い。
とはいえクラインもこの商売を始めて十年、自分が望むと望まざるとにかかわらず実績もあり、評判もすこぶる高い。
ときには、楽に勝てない相手とわかっていても、退く前にひとまず交戦しなくてはならないときもある。
あまり得意でない剣を抜くことも必要となってくる。
今日の仕事は、そんな一件だった。
クラインは、疲れた体を引きずるように家に帰ってきた。
肉体的な怪我はなかったが、妖魔の強い魔力にあてられてしまっていた。
「クライン、大丈夫?」
迎えに出たアルトは、クラインから発せられる強力な魔力の残滓を感じとり、本能的に身震いした。
「かまうな」
「はやく、横になって」
言われるまでもなく、寝室に上がると、なだれ込むようにベッドに横になった。
アルトはベッドの端に座って、クラインの銀の髪を撫でていた。
クラインにその手を振りほどく力も残っていなかった。
心地よさに、クラインは深い眠りに落ちていく。
気がつくと、アルトがいつの間にか身を寄せて一緒に眠っていた。
クラインはそのあたたかさを、自分が必ずしも不快とは感じていないことに気づいて、小さく舌うちした。
クラインの身じろぎに、アルトも目を覚ました。
まだ夢見心地なのか、愛しそうにクラインの胸に頬を擦り寄せると、また目をつむってしまった。
体はまだ、ずいぶんとだるい。
夜明け前だろうか。どのくらい眠っていたのかわからない。
起き上がろうとする動きに、アルトが気付いて制止した。
「クライン、まだ起きちゃダメ」
クラインが口を開こうとすると、アルトがそれを遮るようにキスしてきた。
「魔力は毒みたいなものだよ。抜け切るまで、安静にしてなきゃ」
アルトはそう言って、体を起こして、クラインの上に乗ってきた。
「安静って意味知ってるか?」
「じっとしててね」
アルトは、白く優雅な指でクラインの服のボタンをはずしていく。
額に、まぶたに、頬に、首筋に、キスの雨が降ってくる。
いつもなら制止するところを、クラインは文句も言わず、目をつむって、なすがままになっている。
鼻筋から唇、顎の先、喉仏を順番に口づけしていくと、シャツを大きくはだけ、クラインの胸元に顔をうずめた。
体の線は細いとはいえ、それなりに筋肉のついた胸板はたくましい。
乳首を軽く噛むと、クラインが小さくうめいたのに気をよくして、アルトはしばらく愛撫に没頭した。
クラインは、まだされるがままになっている。
アルトの唇は、さらに下降を続ける。
固い腹筋をついばむように降りて行き、ベルトをはずそうとする。
するとクラインが、アルトの手をつかんだ。
「ムリだ」
「大丈夫。ぜんぶ悪い魔力を吸い取ってあげる」
「そんな気分じゃない」
冷たく手を払われて、アルトはしゅんとしていたが、しばらくしてあきらめたらしい。
こてんと上半身を倒すと、クラインの胸に顎を置いて、しばらくクラインのとがった顎やまつ毛を見つめていたが、何を思ったか、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ボク、落ちこぼれだったから人間につけるなんて思ってなかった」
「……」
「人間につけない妖魔は、鶏とかネズミとか、小さな動物を襲って精気を食べるしかないんだ」
(だから、あんな爺さんについてたのか…)
クラインは、ぼうっとする頭で考えた。
「クラインみたいな、強くてキレイな人間につけるなんて思ってもみなかった」
アルトはふふっと笑った。
「クラインはキレイだし、頭いいし、強いし、精気も美味しい」
(結局はそれかよ)
クラインは自分でもよくわからない類の苛立ちを覚えた。
「なんだかんだいって、結局、腹がすいてるだけなんだろ?」
腕をのばし、背中から下ばきの中に手を入れる。
「ひぁっ」
いきなりのことに、アルトの体が跳ねる。
「あいにく、お前にやるだけの精力は残ってないけどな」
指を這わせた柔らかな中心は、すでに濡れていた。
「あぅ…んん」
「怪我人の上に乗っかって欲情してたのか?」
アルトは、クラインの愛撫に面白いように反応する。あっけなく息があがって、欲望で涙目になる。
「クライン…クライン」
こういう体なのは、しかたない。そういう生き物なのだ。
だがその妖魔としての性を、人間の恋や愛といった感情に転化しようとするその浅はかな考えに苛立ってしまうのだ。妖魔は人間にはなれないのに。
(どれだけ人間のふりをしても、お前は人間とは違う。人間にはなれないんだ)
「指だけじゃ、やだ」
「勃たねえんだよ今は」
クラインは、もう一本、指を増やした。
「やぁっ…ん」
ぬるぬるを通り越して、べしょべしょになっているそこを、指で犯す。
アルトは指の動きに合わせて、腰をくねらせるように動かしている。
「クライン…お願い…」
ねだるようにキスを求めてくるアルトは、すっかり欲情して目の周りを赤くしている。煽情的だ。
ぐちゅぐちゅと激しく中をかき回す。
「あああぁぁ…」
アルトは、ふるふると震えて達した。
くったりとクラインの上に倒れ込んで、アルトは夢見ているようにつぶやいた。
「だいすき……」
クラインの心にひやりとした塊が落ちてきた。
クラインはいきなり指を抜いた。
「え、や…やだ!」
とつぜんの喪失感に、アルトは動揺する。
「どしたの?」
「もうお前とやるのはやめた」
アルトは大きな目をさらに大きくして、おびえたようにクラインを見る。
「どうして…?ボク、なんか悪いことした?」
「いいかげんにしろ。もうたくさんだ」
「好きって言ったのがいけなかったの?」
クラインは答えなかった。
「ねえ、どして?好きな人のそばにいるのが、悪いことなの……?」
それが理由ではないことを年若い妖魔はわかっていないのか。
自分の奥底にある、より原始的な欲望―――生きることへの渇望を恋だと勘違いしているらしい。
「もう来るな」
ただそれだけ言うと、クラインはアルトに背中を向けた。
「居間で寝る……!」
アルトは、ベッドを飛び出し、ドアを乱暴に閉めた。
クラインは下半身に疼きを覚え、悪態をついた。
「くそッ」
今頃になって、力を漲らせはじめているそれを、忌々しげに触わる。
このまま自分で済ませようかとも思ったが、ふと思い立って外套をひっかけて外に出ることにした。
クラインの足が向いたのは、行きつけの酒場だった。
女主人のララが、ただならぬクラインの様子に声をかける。
「どうしたの?」
「誰でもいい、貸してくれ」
「めずらしいわね」
挨拶もそこそこに、5分後にはクラインはあてがわれた女の中に押し入っていた。
固く目をつむって、ただイくためだけに腰を振る。
女の体をつかった自慰みたいなものだった。
欲望を吐き出した後には、苦い気持ちだけが残った。
****
「クライン来てますか?」
最後の居座り客がはけて、ようやく掃除がはじまったララの酒場におよそ似つかわしくない少女が現れたのは次の日の朝早くだった。
アルトは、クラインが夜出て行ったのは知っていたが、いつまでも帰ってこないので心配して探しに来たのだった。
答えるかわりに、ララは意味ありげに二階をちらりと見た。
ちょうどクラインが、階段を下りてくるところだった。
「クライン、お迎えが来たわよ」
クラインはアルトの姿を認めると、憮然とした顔をした。
アルトを無視するようにカウンターへ行き、ララに言った。
「コーヒー」
「クライン君、お迎えだってば」
「関係ない」
「ふーん」
ララはコーヒーを出してやると、アルトの方をじろじろ見た。
(なに、この女のひと!)
朝っぱらから、きわどいドレスを着て豊満な胸をあらわにしているララに、アルトは敵意たっぷりの顔で見返した。
「ふふっ。そりゃ、女買いに来たくなるわよね」
ララは、寝ぐせのついたままコーヒーをすするクラインの鼻を人差し指ではじいた。
「よせよ」
「かわいすぎて、手が出せないんでしょ?ふふ」
「そんなんじゃない」
クラインは金をカウンターに叩きつけると、アルトを無視したまま外に出た。
アルトはあわてて、後を追う。
「素直じゃないこと……ガキねー」
ララは、にこにこしながら二人の背中を見送った。
アルトは小走りにクラインの後を追いかけながら、矢継ぎ早に聞いた。
「あの人なに?あの人クラインのこいびと?あの人と昨日いたの?」
「ちげーよ」
「じゃあ誰といたの?」
「ウザいなお前」
クラインはくるりとアルトの方を振り返った。
「いいか、よく聞け。俺はな、人間の女が好きなんだよ!」
「うぅ……えーーん」
アルトは、その場に立ち尽くして、子供のように泣き出した。
いたたまれない気持ちになったクラインは、踵を返して一人家へと向かった。
その夜、アルトはベッドに来なかった。
クラインはついに、アルトがあきらめたかと思った。
ようやく思惑通りになってほっとするかと思いきや、クラインは自分の感情をもてあましていた。
(妙な感じだ。)
胸がもやもやする。気分が悪い。
―――よく眠れない。
アルトの行く末を考えると、ずっとここにいてもよかったんじゃないか、と思う自分がいる。
(鶏とかネズミとか、小さな動物を襲って精気を食べるしかない―――だって?)
もしくは、大司教みたいなヨボヨボの爺さんに好きにされるアルトを想像するだけで、はらわたが煮えくりかえりそうだった。
(馬鹿だ、俺は)
アルトの気配を探して、居間や研究室を探す。
だがアルトはどこにもいなかった。
アルトは家からもいなくなってしまったのだ。
****
アルトが再びひょっこり姿を現したのは、それから2週間後のことだった。
まさかとは思っていたが、案の定、顔が青く、元気がない。
いなくなっていた間、誰からも精気を食べなかったのだろう。
クラインは思わずほっとしている自分に気づき、また苛立った。
「またぶっ倒れるつもりか?」
「ほっといて」
「来いよ。腹減ってんだろ」
手を引っ張り腰を抱き寄せようとすると、思わぬ反発をくらった。
「いらない」
「ムリすんな」
「もうクラインからは、精気はもらわない」
「じゃ、なんで戻ってきたんだよ」
「そばにいたいから。おかしい?」
アルトは強い目で、クラインを見返した。
(こいつ、本気か―――?)
クラインは呆れて目まいがしそうだった。
食いたいなら食えばいい。それが生き物だ。妖魔だって人間だって、生きることに罪はない。
なんだってこいつは、そんなに意固地になるんだ?
「クラインはずるい」
「あ?」
「そうやって、中途半端に優しくするの、残酷だ」
「……じゃ、いつも酷くしときゃいいのかよ」
「ボクのこと、嫌いなくせに。ならそばになんか、おかないで!」
「お前が勝手についてくるだけだろ」
「もうついていかない!」
だっと走り去ろうとするアルトを手首をつかんで制止した。
「まてよ、おいっ」
「やだっ離せ!」
じたばたするアルトを抱きすくめる。
「お前は、気に入らないとすぐ逃げるのな」
「好きって気持ちは妖魔だって人間だって同じなんだよ、わからないの?クライン。あんた人間なのに」
「俺は、誰も好きになったことない」
「……かわいそう」
クラインは、かっと火がついたような感情を覚えた。
「いや……いやっ」
細い体を壁に押し付けて、後ろから抱きすくめる。
まるい尻の間に、固くなったものをぐっと押し付ける。
「やだっ、触らないで!」
「おま…いつも俺のがいいとかいうくせに」
「今日はやだっ」
「そーかよ。でも、こっちはやる気なんだよ」
自分の方を向かせて、背中を壁に押し付ける。
「2週間もおあずけだったんだからな」
「そんなの、いつもみたいに女の人のところいけばよかっ……やッ」
ぐいっと頭を片手で抑えつけて、ひざまずかせる。
クラインは片手でベルトをはずして、痛いほどに勃起したものを取り出し、アルトの顔につきつけた。
「咥えろよ」
「いやっ」
「咥えろ!」
アルトはびくっとして、震える唇を少し開けた。
クラインは、いきり立ったモノを押し込んだ。
「歯、たてんなよ」
必死に、クラインのモノを飲み込む。
「ん、ん…んッ…」
ふさがれた喉の奥から、苦しげな嗚咽がもれる。
(くそっ、泣くなよ)
苛立ちをぶつけるように、アルトの口に何度も突き入れる。
「飲めよ」
「うう、ふぅ」
逃がさないよう頭を押さえつけて、口腔に射精した。
涙目になりながらも、アルトはすべてを飲み下した。
クラインの愉悦が精気となって、アルトの身体に漲る。
無理強いとはいえ、精気を得た悦びに、アルトの体はうち震える。
だが、嗚咽は止まらない。
荒いままの息で、クラインはソファに身体を投げ出した。
性欲は満たされたが、心に穴が開いたように虚しい。
息が落ち着くと、アルトの嗚咽だけが、部屋に響く。クラインの胸はちくちく痛んだ。
「だいっきらい」
「……俺もだよ」
バシッと乾いた音がした。
頬が一瞬、熱くなる。
アルトは涙でぐしゃぐしゃになりながら、クラインを睨みつけている。
クラインの頬を打った手は、小さく震えている。
手首をつかむと、力任せに床に引き倒した。
膝を両足の間にねじ込み、こじ開ける。
かぶりをふるアルトの顎をつかみ無理やり口を開かせ、舌をさしこむ。
アルトの口内にはまだ精液の味が残っていたが、そんなことにかまってはいられなかった。
「ああっ、はあぁ、はっ」
アルトが息継ぎをするように、喘いだ。
間髪いれず、クラインは再び固く漲った自分のモノを柔らかな襞に押し込んだ。
クラインの体の下で、アルトの華奢な肢体が硬直する。
アルトの息はひどく荒い。息を吐くのを忘れてしまったかのように、嗚咽を繰り返す。
クラインは宥めるように、そっとアルトの胸に手を置いた。
「息、吐け」
「だって、も…へんに…なりそ」
「いいから、ゆっくり息吐け」
アルトが大きなため息のような息を吐くと、クラインはアルトの亜麻色の髪を愛しそうに撫でた。
「いい子だ」
アルトの息が少し落ち着くと、再び、動き始めた。
「クライン…クライン…ッ」
アルトは、たがが外れたように名前を呼びながら、クラインの銀髪を胸に掻き抱く。
捏ねるような動きで敏感な突起を刺激してやりながら、アルトを上へ上へと押し上げていく。
アルトはもう、まともな思考を放棄していた。
ただひたすら、クラインの荒ぶる体にしがみついて、すさまじい量の精気が、つながった部分から流れ込んでくるのを感じていた。
****
「うう……」
「いい加減泣きやめ、バカ」
「ううーー」
「痛かったのか?」
酷くしたつもりはなかった。むしろ、これまでにないほど優しくしたつもりだった。
アルトはクラインの腕の中で、ぶるぶると首をふった。クラインはため息をついた。
「じゃなんで泣くんだよ」
「大嫌いっていった」
「え?」
「クラインが、ぼっ、ぼ、ボクのこと大嫌いって…い、いった…」
「お前が先に言ったんだろ」
「ボクのは本気じゃないっ」
(めんどくせーな)
ぐいと顎をつかんで、上を向かせた。
さんざんクラインの精気を吸わされたせいで、血色がよく、肌は輝くように美しい。
それだけに、涙で濡れた頬が余計痛ましい。
アルトは必死にもがくが、男の力にかなうはずもない。
抵抗をやめると、クラインは顎から手を離して、アルトの背中にそっと回した。
「ど…して抱いたの?」
「抱きたかったから」
そっけなく言い放ちながらも、背中をなでる手は優しい。
アルトはまた泣きたくなった。
「怒らないで?……でもやっぱり好き…クラインが好き…」
恐る恐る、でもどうしても言いたくて、アルトはその言葉を口にした。
クラインは怒らなかった。
その代わりに、半身を起してアルトに覆いかぶさり、優しいキスをする。
(まずいな……ミイラ取りがミイラに)
クラインは自分がとらわれかけているのを自覚していた。
だが体は離れがたく、何度でも繋がりたがる。
アルトの甘やかな吐息が、クラインの思考を停止させる。
もうアルトは抵抗しない。
両手でクラインの腰を抱えて、彼の動きを助けるようにする。
ただひたすらに穏やかな情交が、そこにあった。
アルトの内壁はひくひくと波のように痙攣して、クラインから種を絞り出そうとする。
「クラインの、ちょうだい…ボクの中に」
青い炎のような静かな熱狂に溺れながら、アルトは原始的な欲望を口にする。
「お前欲しがってばっかりだな」
ふっと笑って、クラインが軽くキスする。
「欲しいなら、ぜんぶやるよ」
****
「やっぱり押し掛け女房じゃねーか」
「だから違うっつってんだろ」
ララの酒場で、今日も悪友たちは酒を酌み交わしている。
「あんたたちも、もう身を固めてもいい年なのよねえ。時間がたつのって早いわ」
カウンター越しに話を聞いていたララが、口をはさむ。
「二人とも昔はあんなに私のこと慕ってくれてたのに……さみしいわ」
クラインたちが少年のころから、全くといっていいほど容姿の変わらないララ。
酒場の亭主と結婚して8歳を筆頭に3人の子供がいるくせに、いまだまばゆいばかりに妖艶だ。
「でも妖魔の恋人ってのも、あんたらしくて悪くないじゃない?」
にこにこしながら言うララを横目で見ながら、こいつこそ妖魔なんじゃないか……とクラインは思った。
THE END